こんなところで今更LIVE 8の話
ちっきしょー!!せっかく苗場の事書こうと思ってたのに!!
苗場に行く前日LIVE8の模様を映像で見た。
苗場へ行く車内で「そういえばロンドンのテロでうやむやになったけど、G8サミットどうなったんだっけ?」という話になった。もちろんわからん。
それに納得がいかんこともあった。
という訳で書くのです。
結局G8サミットで、アフリカ向け政府開発援助の倍増と、最貧18カ国の債務帳消しの決定がなされた。
しかしニュースでは対テロでG8が結束した、という話しか流れない。
あのロンドンの爆破テロのせいだ。
あれはタイミングがいいというかなんというか、アフリカの話に水をさすには十分すぎる事件だった。
いやいや、そんな話をしたい訳じゃなくて
LIVE8のような世界規模のチャリティイベントが有効かまたはアリなのかの話。
これについて、たとえば「あまりにコマーシャルなアーティストが集まっていてうさんくさい。金の匂いがする」とか
「みんな楽しんでない。どんなアーティストが出ようがもうすこしオープンに楽しむべき」とか言う人が多い。
しっかしねぇ、アンタ、ボノがそんな事も考えてない訳ないじゃない。
だいぶ前のエントリーにも書いたけど、これはイベントとして筋が通っているかは問題じゃない訳。
「音楽が世界を変える」という60年代の妄想を抱えている訳にもいかないし
だからってジッとしてるわけにもいかない訳でしょ?
音楽が世界を変えるという幻想が、現実のものになりかけたのはそれこそジョンレノンのそれと
もう一度は90年代のレイヴカルチャーにあると思う。これは重要で、言葉で訴えるのでではなく
数十万の人間が集まって、パーティをするというそれそのもの(それだけ)が
体制にとっては脅威になるというものだった。
しかしこれには自然発生的な要素がないと成り立たないし、力を持つ事はできない。
今この瞬間に、人を集めて、その意識も集めるには、それを訴えてる人がどういう人かは関係ないんです。
集客力、影響力があるかどうか。それだけ。
それを商業主義的と揶揄する人もいるでしょう。じゃあ本当にクリーンだったり、問題意識を持っていたり、
色がついているアーティストだけでやりますか?それで世界を動かすほどの人が集められるのですか?
別にこれはフジロックではない。一貫性や、哲学や、信念だけで完成するものではないと思うのです。
もちろんすこしでも心ある人ならこれは偽善だ、という罪悪感に襲われるのは間違いないし、それが正しい感覚なのですが。
確かにHeal Niigataみたいな血の通ったチャリティイベント(あれはチャリティという言い方はしたくないけど)が一番いいに決まってんだよ。
それなら、アフリカの子供に血の通った1000万円と、血の通わない6兆円を選ばせたらいい。
チャリティイベントに対して、アーティスト的観点でケチを付ける事の方が、先進国に暮らす者のエゴではないのでしょうか?
あのイベントが偽善と汚い金に満ちあふれている事も、アフリカを一般レベルの人間から考えるには、ああいう方法しかない事も、言うまでもない至極当然の事だと思うのですが・・・。
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moai
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sno
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